フランスから日本への旅行【2022年5月11日現在】

5月11日にパリのCDGから日本へと出発しました。空港内の雰囲気はマスク着用の義務がないためか、これまでとほとんど変わりませんでしたが、想像していた以上に観光客がいたのには驚きました。もっと閑散とした雰囲気を想像していたからです。

ただ、JALのチェックインカウンターにはほとんど観光客がいなかったので、待ち時間なしでチェックインできました。パパとの悲しいお別れの後、飛行機の待合室へと進んでいった際もほとんど待ち時間なしでした。

日本に行く人も少ないかなぁと思いましたが、中にちらほら日本人以外の人もいました。一般の旅行者はまだ規制されていたと思うので、家族とか外交官とか、そういう人たちだったのかなとも思いましたが、詳細はわかりません。機内はガラガラかなと思っていましたが、想像以上に人が多かったです。ただ、飛行機の機体も小さかったせいもあったかなと想像します。

ミミズは3年ぶりの飛行機旅行のせいで、おなかが痛いと何度もトイレに行きました。コロナだったらどうしよう……心配で気が気ではありませんでした。しかも、パソコンのバッグがないことに気づき、愕然としました。そんなハプニングだらけの旅行でした。

ミミズは機内で寝ていましたが、アタシは着陸後のテストのことやらミミズの体調のことやらパソコンのことやらでまったく眠れませんでした。起きた後、ミミズは飛行機の揺れで乗り物酔いをしてしまい、着陸後に嘔吐しました。ただ、アタシもかなり疲れていたし、この後のテストのことなどで頭がいっぱいだったので、たいして心配してあげることもできませんでした。

日本に到着してもしばらく機内で待機し、指示通りに空港施設に入っていきました。ところどころに空港職員がいて、ていねいに誘導してくれましたが、あちこちで書類を見せたりパスポートを見せたり、手荷物を持ちながらでけっこう大変でした。アタシたちは着陸後、唾液によるテストがありましたが、なかなか唾液が出なくて大変でした。それからアプリが入っているのかの確認などがあり、出口付近でテスト結果を待ち、陰性証明をもらったときはとりあえずホッとしました。

荷物はすでにターンテーブルの横に並んでいて、そこから荷物を探し出し、外に出ました。迎えに来てくれる弟に連絡をしたところ、予想以上に早かったため、羽田空港内で夕食を食べることにしましたが、飲食店はほとんどクローズしていました。最上階にいろんなショップがありますが、そこは営業時間外だったので閉まっていました。それでも、デッキで飛行機を見たり、プリクラを撮ったり、楽しいひと時を過ごしました。

とりあえず2泊3日の予定でホテルを予約していたので、大きなスーツケースは実家に置き、アタシたちはホテルへ行きました。高齢の母を思い、3日間はホテルで過ごしましたが、一歩も外には出ませんでした。旅行者の管理をするアプリから一日一回連絡があり、位置確認をさせられましたが、最初はよくわからず手惑いました。3日目に政府指定の検査会場で抗原検査をして、陰性証明をもらってようやく待機期間が終わりました。

日本に到着後、陰性証明が出るまではちょっと心配でしたが、あれから今日まで何事もなく、ミミズは小学校に通いはじめています。フランスの田舎と日本の都会、生活スタイルがまったく異なるので戸惑うこともありますが、そんなドタバタ劇はまた後日。





たくさんのお別れ【フランスから日本へ】

今日までたくさんのお別れがありました。サッカーの練習が最後となって、学校が最後となって、柔道が最後となって、そして今日、アタシたちの大切な家族とのお別れがありました。ただ日本に行くだけなんだけど、コロナ渦とウクライナ戦争でこれまで以上に遠くなってしまいました。

ミミズはこれまでお別れに際して泣きませんでした。どうしてかなと不思議だったんだけど、泣いちゃうとみんなが悲しむからわざとふざけて笑ってお別れをしてきました。でも、今日はちがっていました。アタシたちの大切な犬、すみちゃんとのお別れがあったからです。

明日、PCR検査を受け、陰性証明をもらってパリへ向かいます。すみちゃんをパリまで連れていけないから、パパの実家に預けることになりました。ただ、実家では病気の義母が介護が必要なおばあちゃんを世話しています。そこで、ミミズが赤ちゃんのときに使っていたパークを持って行くことにしたのです。

いつものようにパピーとマミーの家に行きましたが、すみちゃんは何だかいつもとちがうと感じていたみたいでした。家に着いても何だか落ち着かなくて、夕方になってごはんをあげても食べませんでした。そばについてあげたら食べたけれど、何だかおかしいと感じたみたいです。食後、パークに入れてみましたが、しばらく落ち着かない様子でした。

お別れが近づくと、涙が止まらなくて、本当につらかった。ミミズは終始、あんまり関心なさそうな態度でしたが、家に帰ろうという段になって、突然、大泣き。パピーとマミー、グランマミーも大泣きで本当に悲しい瞬間でした。帰りの車の中もずっと泣いていて、家に着くとすみちゃんがいなくてさらに悲しくなりました。でも、アタシたちはもう二度と会えないお別れをしているわけではないから、明日は笑顔で過ごそうと確認しました。

最後はパパとのお別れです。「パパなんか大っ嫌い」と言ってみたりするけれど、きっとすごく大泣きすると思う。新しいステップのために、アタシたちは大きく成長していかないとね。がんばっていこう。







フランスの小学校を今日で卒業します

日本に行くことが決まり、フライトがキャンセルになってから、しばらくして突然、また行けることになり、何だか気持ちが落ち着かない日々が続いていました。でも、その一方で確実にカウントダウンがはじまっていて、いよいよ今日、ミミズはフランスの小学校をやめることとなりました。

あまり悲しんでいる様子はなかったけれど、今朝、友だちと別れて悲しくなるなぁとつぶやきました。親友のソフィアが心配です。彼女にはほかに友だちがいなくて、ミミズがいなくなるとさみしくなります。昨日は、クラスメイトの男の子の友だちから、手作りネックレスをもらいました。なかなか本格的でビックリ、ミミズのことが好きだったみたいです。アタシもよく知っている子で、サッカーの仲間でもあります。こんなふうに悲しんでくれるお友だちに恵まれて、ミミズは本当にいい子なんだなと思いました。

最近、とても物の言い方が悪くて、パパと毎日言い合っていますが、今回の旅立ちと関係があるように思えてなりません。でも、コロナ渦でずっと何もできずにいたので、今回の旅立ちは、たぶんいい方向へと進んでいくはず。少し早めの夏休みに日本へ行くつもりで楽しもうとふたりで言い合っています。

アタシが20年ほど前、日本からスペインへ旅立ち、スペインで10年ほど生活し、夫と結婚してフランスへ旅立ったとき、もうスペインには生活者として戻ってくることがないと思ったら本当に悲しかった。でも、今回、フランスから日本へ旅立つのは、あんまり悲しくなくて、それはここフランスに家族がいるからです。ミミズがやっぱりフランスがいいと言ったら、何の問題もなく戻ってくることができる。学校の校長先生も、ミミズのためには門はいつも開いていますよって言ってくれました。だから、あんまりあれこれ考えずに、日本へ行ってこようと思います。

今日、パパが作ったケーキを持って学校へいきました。アタシはさまざまなアクティビティに参加していたので、全学年の生徒たちから親しくしてもらっていて、心のやさしい生徒たちは泣いてくれました。アタシもついもらい泣き。でもミミズは終始、元気でした。CPの先生が涙目で別れを惜しんでくれました。とくにアタシに。CPの生徒たちのお手伝いをやっていたからです。担任の先生もスカイプで会いましょうと言ってくれ、勉強できるように本を2冊くれました。来年予定の先生も連絡を取りましょうと言ってくれたし、本当に小さな学校で育ったミミズは幸せ者だなぁと思います。

これからは家でフランス語の日々となります。アタシもフランス語を真剣に勉強しなければならないから、ミミズといっしょに勉強を続けていくつもりです。フランスで日本語教育ではなくなりますが、これからも二つの文化を共有するミミズの成長ぶりをつづっていきます。







9歳になりました【フランスで生まれ日本語で育って】

5月1日、アタシは母9歳となりました。ミミズが生まれたときのこと、大きくなっていった日々、いろいろ思いがよぎりました。4月のはじめから誕生日までのカウントダウンがはじまり、5月1日、パッと目が覚めてスミちゃんがいる居間へ行きました。居間のテーブルには小さなお花と本のプレゼントが。本当は先月、親友とプレ誕生日会を開いたのでプレゼントはなしだったんだけど、最近映画で見たLe petit Nicolasと、Roald Dahlの『チョコレート工場の秘密』を買いました。プレゼントを期待していなかったので、小さく喜びました。

午後、パピー宅へ行くと、親戚がたくさん来てくれて、プレゼントをたくさんいただきました。大喜びで楽しいひとときを過ごしましたが、パピーが修理した小さなバイクでグルグルと走り回り、パパとパピーは大喜び。パパは「小さい頃の自分にそっくりだ」と嬉しそうでした。

ところで、今月、何か大きな出来事が起こらない限り、日本へ行くことになるはずです。急に決まったことなので、ミミズの気持ちがちょっと不安定ですが、きっとすべてうまくいくと元気づけています。毎晩、足と腕が筋肉痛になって眠れないなど、ちょっと心配もありますが、新しい生活に向けて一歩がはじまります。

そんなミミズですが、ここ最近の反抗ぶりがかなりすごいです。反抗的な態度、適当な返事、やることはやらないなど、こういう反抗期は小学3年生からはじまるのか…と驚きました。アタシに対する態度とパパに対する態度はちがっていて、パパへの態度がすこぶる悪くてビックリです。アタシもこんなふうに言えていたら、父との関係はもう少しよかったのではないかとも思います。

パパに対する態度は大人顔負けで。フランス語も負けません。ネイティブではないアタシでさえ、そんなこと親に言ったらマズいだろ…と思うような汚い言葉(Gros mots)を使うこともあります。この年齢でこんなふうな言葉を使うものかどうか、ちょっとわからないのですが、同級生の親も「うちもそうよ」という人が多いです。

ただ、パパも言っていたけれど、アタシたちの世代は、親にそんな態度を取ったらとんでもないことになったものです。だから、やっぱり彼女の態度は現代的なんだなと思います。また、ミミズに言いくるめることはもうむずかしいです。「食べたらちゃんと片づけなさい」「パパだって出しっぱなしでしょ」とか、「そういう言葉を使ってはいけない」「パパだって使っているでしょ」とか、大人のやることもしっかりと見ているし。ま、お互いに育っていくというやつでしょうか。

よかれあしかれ、言いたいことを素直にいえるミミズ、日本の厳しい社会にうまく対応できるのか。不安もありますが、これからもアタシたちのアヴァンチュールが続きます。