たくさんのお別れ【フランスから日本へ】

今日までたくさんのお別れがありました。サッカーの練習が最後となって、学校が最後となって、柔道が最後となって、そして今日、アタシたちの大切な家族とのお別れがありました。ただ日本に行くだけなんだけど、コロナ渦とウクライナ戦争でこれまで以上に遠くなってしまいました。

ミミズはこれまでお別れに際して泣きませんでした。どうしてかなと不思議だったんだけど、泣いちゃうとみんなが悲しむからわざとふざけて笑ってお別れをしてきました。でも、今日はちがっていました。アタシたちの大切な犬、すみちゃんとのお別れがあったからです。

明日、PCR検査を受け、陰性証明をもらってパリへ向かいます。すみちゃんをパリまで連れていけないから、パパの実家に預けることになりました。ただ、実家では病気の義母が介護が必要なおばあちゃんを世話しています。そこで、ミミズが赤ちゃんのときに使っていたパークを持って行くことにしたのです。

いつものようにパピーとマミーの家に行きましたが、すみちゃんは何だかいつもとちがうと感じていたみたいでした。家に着いても何だか落ち着かなくて、夕方になってごはんをあげても食べませんでした。そばについてあげたら食べたけれど、何だかおかしいと感じたみたいです。食後、パークに入れてみましたが、しばらく落ち着かない様子でした。

お別れが近づくと、涙が止まらなくて、本当につらかった。ミミズは終始、あんまり関心なさそうな態度でしたが、家に帰ろうという段になって、突然、大泣き。パピーとマミー、グランマミーも大泣きで本当に悲しい瞬間でした。帰りの車の中もずっと泣いていて、家に着くとすみちゃんがいなくてさらに悲しくなりました。でも、アタシたちはもう二度と会えないお別れをしているわけではないから、明日は笑顔で過ごそうと確認しました。

最後はパパとのお別れです。「パパなんか大っ嫌い」と言ってみたりするけれど、きっとすごく大泣きすると思う。新しいステップのために、アタシたちは大きく成長していかないとね。がんばっていこう。







フランスの小学校を今日で卒業します

日本に行くことが決まり、フライトがキャンセルになってから、しばらくして突然、また行けることになり、何だか気持ちが落ち着かない日々が続いていました。でも、その一方で確実にカウントダウンがはじまっていて、いよいよ今日、ミミズはフランスの小学校をやめることとなりました。

あまり悲しんでいる様子はなかったけれど、今朝、友だちと別れて悲しくなるなぁとつぶやきました。親友のソフィアが心配です。彼女にはほかに友だちがいなくて、ミミズがいなくなるとさみしくなります。昨日は、クラスメイトの男の子の友だちから、手作りネックレスをもらいました。なかなか本格的でビックリ、ミミズのことが好きだったみたいです。アタシもよく知っている子で、サッカーの仲間でもあります。こんなふうに悲しんでくれるお友だちに恵まれて、ミミズは本当にいい子なんだなと思いました。

最近、とても物の言い方が悪くて、パパと毎日言い合っていますが、今回の旅立ちと関係があるように思えてなりません。でも、コロナ渦でずっと何もできずにいたので、今回の旅立ちは、たぶんいい方向へと進んでいくはず。少し早めの夏休みに日本へ行くつもりで楽しもうとふたりで言い合っています。

アタシが20年ほど前、日本からスペインへ旅立ち、スペインで10年ほど生活し、夫と結婚してフランスへ旅立ったとき、もうスペインには生活者として戻ってくることがないと思ったら本当に悲しかった。でも、今回、フランスから日本へ旅立つのは、あんまり悲しくなくて、それはここフランスに家族がいるからです。ミミズがやっぱりフランスがいいと言ったら、何の問題もなく戻ってくることができる。学校の校長先生も、ミミズのためには門はいつも開いていますよって言ってくれました。だから、あんまりあれこれ考えずに、日本へ行ってこようと思います。

今日、パパが作ったケーキを持って学校へいきました。アタシはさまざまなアクティビティに参加していたので、全学年の生徒たちから親しくしてもらっていて、心のやさしい生徒たちは泣いてくれました。アタシもついもらい泣き。でもミミズは終始、元気でした。CPの先生が涙目で別れを惜しんでくれました。とくにアタシに。CPの生徒たちのお手伝いをやっていたからです。担任の先生もスカイプで会いましょうと言ってくれ、勉強できるように本を2冊くれました。来年予定の先生も連絡を取りましょうと言ってくれたし、本当に小さな学校で育ったミミズは幸せ者だなぁと思います。

これからは家でフランス語の日々となります。アタシもフランス語を真剣に勉強しなければならないから、ミミズといっしょに勉強を続けていくつもりです。フランスで日本語教育ではなくなりますが、これからも二つの文化を共有するミミズの成長ぶりをつづっていきます。







9歳になりました【フランスで生まれ日本語で育って】

5月1日、アタシは母9歳となりました。ミミズが生まれたときのこと、大きくなっていった日々、いろいろ思いがよぎりました。4月のはじめから誕生日までのカウントダウンがはじまり、5月1日、パッと目が覚めてスミちゃんがいる居間へ行きました。居間のテーブルには小さなお花と本のプレゼントが。本当は先月、親友とプレ誕生日会を開いたのでプレゼントはなしだったんだけど、最近映画で見たLe petit Nicolasと、Roald Dahlの『チョコレート工場の秘密』を買いました。プレゼントを期待していなかったので、小さく喜びました。

午後、パピー宅へ行くと、親戚がたくさん来てくれて、プレゼントをたくさんいただきました。大喜びで楽しいひとときを過ごしましたが、パピーが修理した小さなバイクでグルグルと走り回り、パパとパピーは大喜び。パパは「小さい頃の自分にそっくりだ」と嬉しそうでした。

ところで、今月、何か大きな出来事が起こらない限り、日本へ行くことになるはずです。急に決まったことなので、ミミズの気持ちがちょっと不安定ですが、きっとすべてうまくいくと元気づけています。毎晩、足と腕が筋肉痛になって眠れないなど、ちょっと心配もありますが、新しい生活に向けて一歩がはじまります。

そんなミミズですが、ここ最近の反抗ぶりがかなりすごいです。反抗的な態度、適当な返事、やることはやらないなど、こういう反抗期は小学3年生からはじまるのか…と驚きました。アタシに対する態度とパパに対する態度はちがっていて、パパへの態度がすこぶる悪くてビックリです。アタシもこんなふうに言えていたら、父との関係はもう少しよかったのではないかとも思います。

パパに対する態度は大人顔負けで。フランス語も負けません。ネイティブではないアタシでさえ、そんなこと親に言ったらマズいだろ…と思うような汚い言葉(Gros mots)を使うこともあります。この年齢でこんなふうな言葉を使うものかどうか、ちょっとわからないのですが、同級生の親も「うちもそうよ」という人が多いです。

ただ、パパも言っていたけれど、アタシたちの世代は、親にそんな態度を取ったらとんでもないことになったものです。だから、やっぱり彼女の態度は現代的なんだなと思います。また、ミミズに言いくるめることはもうむずかしいです。「食べたらちゃんと片づけなさい」「パパだって出しっぱなしでしょ」とか、「そういう言葉を使ってはいけない」「パパだって使っているでしょ」とか、大人のやることもしっかりと見ているし。ま、お互いに育っていくというやつでしょうか。

よかれあしかれ、言いたいことを素直にいえるミミズ、日本の厳しい社会にうまく対応できるのか。不安もありますが、これからもアタシたちのアヴァンチュールが続きます。







本当だったら日本にいるはずなのに…

していない小筆の練習をするミミズ。今月は気持ちが追い付かずほとんど練習できていない…

フランスから日本へ行く直行便が相次いでキャンセルとなりました。コロナ渦で日本入国の最大の条件である出国前72時間のPCR検査による陰性証明の問題があることから、経由便で行くのはリスクだと考え、直行便を選んでいましたが、結局、予定していた4月末には日本に行けなくなってしまいました。

いろいろ検討した結果、5月まで待つことにし、現在に至ります。ポカンと穴が開いた日々を過ごしているところです。

イースターのお休みの直前、最後だったはずの遠足で先生がコロナに感染し、3日ほど前から学校がお休みとなりました。何の予定も入れていなかったので、どうしようかと思っていましたが、ミミズはママが現在通っている学校へ行き、ママといっしょにパソコンで勉強(ほとんどの時間、ゲームをしていましたが)したり、帰りにハンバーガーショップで食べたりと、楽しい1週目を過ごしました。

今日からはじまる2週目は、スポーツ三昧にしようということで、プールへ行く予定です。本当だったら動物園にも行きたかったし、洞窟を尋ねに行きたかったけれど、もう日本行きにすべてのエネルギーを注ぎ、フライトが確定したらすぐに購入しようと考えています。

先日、我が家に遊びに来てくれた若いカップルの友だち、妻はウクライナ人でフランスに避難していたお母さんも来てくれました。このお母さん、アタシとほぼ同じ年でグーグルの自動翻訳機能でいろいろお話ししました。夫と息子が戦争に行っているとか、自分たちが住んでいた海沿いの村は爆撃にあっているとか、そんな話で涙が止まりませんでした。このたびの戦争でアタシたちは日本に行けないという状況に陥ってがっかりしていましたが、もっとひっ迫した状況に陥っている人たちがいることに改めて気づきました。アタシは戦争を知らない世代の子どもですが、戦争の体験談やドキュメントなどは数多く目にしてきたと思っています。ミミズにも戦争の恐ろしさや悲しみについて伝えてきていますが、もっとしっかりと伝えていかなければならないと思います。

アタシにはこの友だちのほか、ロシア人の友だちもいます。本当に気持ちが複雑です。彼女は戦争について多くを語りません。彼女も複雑なんだと思います。ともあれ、早く戦争が終わりますように。一日も早く世界中が笑顔で自由に行き来できる日が訪れますように。アタシは今回の戦争を機に、ロシア語を勉強しようかと考えています。ロシア語はウクライナでも話されていて、友だちのお母さんがいつかおうちに遊びに来てくださいと誘ってくれたから、ラジオ講座で勉強をはじめてみようかと思ったのです。





いよいよ小学3年生です!

4月1日、フランスで生まれ育ったミミズは日本の小学3年生となりました。そしてあと3週間ほどしたら、本当に日本の小学生となります。そんなわけで、最近バタバタしています。何をもっていこうか、いらないものを処分したり、リサイクルに持っていったり。週末はほぼ予定がいっぱいで、この週末は土曜日にマラソン大会に出て、日曜日には柔道の試合に出ました。ホント、ハードです。

時系列で報告を。4月1日からスマイルゼミの小学3年生がはじまりました。コアトレ、理科と社会のミッションがスタートし、これまでのようにリズミカルに課題をこなすのがむずかしくなりました。むずかしい言葉も出てきて、日本語で理解するのに少し時間がかかることもあります。だからあまり無理しないで、今日のミッションは5つ、コアトレを2つぐらいやるような毎日にしようと考えています。

4月2日、マラソン大会に行きました。夏時間になったというのに雪がちらつく寒い日でした。学校で参加したイベントで、ミミズの学年からはふたりだけでした。最初に全員で軽く走ったり運動したりしました。遠くから見ていましたが、とても楽しそうでした。マラソンの本番では先頭に陣取り、勢いよくスタート。1kmの距離でしたが、30位ぐらいでゴールしました。ちなみにクラスメイトの男子ノエは何と3位でした。すばらしい!

4月3日、朝早く起きて8時には家を出て、地域の柔道の試合に出ました。ミミズの対戦者はミミズよりも帯色が上の子たちばかりで、苦戦するだろうなと思っていましたが、3連勝、最後の1戦はミミズよりも帯色が2階級上の子で、やっぱり技術の差で負けました。柔道で大切なくずし、まだあんまりよくわかっていなくてうまく相手を崩せませんでしたが、がんばって背負い投げを決めたり、しっかりと押さえこんだり、習ったことのいろいろがしっかりと出せたかなと思います。いやいや1年ぐらい柔道をやっていないアタシ、日本での再会に気持ちが逸りました。あぁ、早く畳を踏みたい。







戦争ごっこがはじまった【フランスの小学校】

2022年2月末、ヨーロッパで武力をともなう戦争がはじまりました。こちらではロシア人の友だちもウクライナ人の友だちもいるので、家族を心配する話などを聞くと本当につらいです。

この戦争が子どもたちに与える影響は、子どもたちの遊びにも及びます。ミミズは昨日、学校で世界大戦ごっこみたいな遊びをする男の子たちがいると話していました。中には、「中国が日本を攻撃したら日本は一発でなくなっちゃう」とミミズにわざと言う子もいるのだとか。「私、本気で怒った」と息巻いていましたが、こういうことが起こると必ず日本人であることを意識せざるを得なくなります。あるいはいじめられることもあるかもしれないと。コロナがはじまったとき、ミミズはコロナだと言われて傷ついたという経験があります。

戦争ごっこ……子どもたちが木の枝などをピストルに見立てて打ち合いし、エスカレートすると実際に暴力行為にも至る遊びです。さらにエスカレートしていくと、特定の子どもをいじめる行為にもなりうる遊びですが、そんな子どもたちの行動を見て大人としてどんなフォローをしてあげられるのかを考えると悩みが尽きません。大人たちの話を聞いた子どもたちは、それをうのみにしてひどいことを言い合うわけで、とても残酷なことをいう子も中にはいます。本意ではないにしろ、こんなふうに荒んでいく子どもたちの心の中で、何か前向きに相手を思い、ポジティブに考えていくアイデアを提案できないものなのか、模索中です。







フランスの小学校でも先生はちゃんと見ていた

ときに学校教育について、日本の方がすぐれているとか、フランスの教育レベルは低いなどと言われることがあります。実際、教科の進み具合を見ていると、あくまでも教科書の内容などを大雑把に見た限りでは、日本の方が進んでいるともいえるかもしれません。学校の先生も、日本の先生の方が責任感が強く、また、学校行事に明け暮れているように見えます。フランスでは6週間ごとに2週間の休みがあって、その間、学校は完全にクローズします。日本の先生のように、クラブ活動を手伝うことなどはないわけです。

でも、フランスの先生もちゃんと生徒たちのことを見ています。実は今日、そのことを改めて実感した出来事がありました。それは、ミミズとアタシ、4月に日本へ行くことに決め、そのことを先生に報告したときに判明したのです。

学年の途中になるけれど、日本に行くことに決めたこと、昨今の状況を鑑みると夏まで待つのはむずかしいと判断したことなどをできるだけ丁寧に連絡帳に書きました。そうしたら先生から返事が来て、最近、ミミズがクラスで落ち着きがなく、忘れ物をしたり態度が悪かったりするので、この連絡を受けて原因がわかってホッとしたとありました。ミミズは、早く日本に行きたいと言っていたけれど、やっぱり気持ちが落ち着かないんだなということが改めてわかりました。確かに家でも最近、信じられないほど態度が悪く、言い争わない日がないほどの反抗ぶりです。ほっといてくれと言わんばかりに、返事や態度がとても悪く、年齢のせいかと思っていました。年齢のせいもあるかもしれないけれど、やっぱりミミズも落ち着かないんだと改めてわかり、今日からもう少し気を配ってあげようと思いました。フランスの小学校の先生も、しっかりと子どものことを見て、心配してくれていたんだと思いました。

日本へ行くのはイースターのバカンスの間です。あと6週間ぐらいかな。支度もいろいろあるけれど、少しは楽しい気分で過ごしたいと思います。今週末と来週末はお友だちのお誕生日会に呼ばれています。月末には親友と小さなパーティをします。悲しくなる気持ちよりも、新たなステップを前向きに考えていきたいと思います。







ひな人形は3月いっぱい飾ります

今年で50歳のアタシのひな人形

うっかり忘れていたひな人形を出したのは先月末でした。節分が終わったらすぐに出そうと思っていたのに、何やかんやでこの日まで手をつけられず、49年目のおひなさまもあきれていますね。というわけで、今年は特例として3月いっぱい飾ることにしました。来年のおひなさまは日本で過ごす可能性が高く、ひな人形を来年の2月までに日本に運べるかどうか微妙なので、今年は来年の分も飾っておこうかなということです。

桃がキレイです

3月3日は学校の屋外イベントで、アタシも参加しました。ミミズの学校の恒例行事で、9月の始業日から100日目の記念のアクティビティです。CE1とCE2が合同で行いました。学校からアクティビティが行われる広場まで4キロを歩き、グループに分かれて100にまつわるアクティビティを行います。アタシは100本ほどの木の枝を使ってティピを作るというもので、あるグループは公園を作り、あるグループは大きなティピを作りました。ランチはサンドイッチ、午後も少しアクティビティをこなしてから、また4キロを歩いて帰りました。曇り空でしたが、連日の雨の合間だったので、ラッキーだったといえます。

そんなことがあって、すっかりひな祭りの日を忘れてしまいました。でも、おばあちゃまが持ってきてくれたひな人形がこうして笑顔でいてくれるのは何だかうれしいです。近所の桃もキレイに咲いています。春が近づいているのを感じる今日このごろです。









パパの頭をボコっとぶった

何だかすごく暴力的なタイトルだけど、でもこのボコっのおかげでひとつの新しい決断ができたので、ミミズにありがとうと感謝しています。どんな決断かの前に、なぜボコっと頭をぶったのかという話をまず。

アタシ、昨晩、うっかり室内で転んでしまったのです。どこでかというと、我が家の末娘、フレンチブルドッグのすみちゃんが入れないようにタイル張りのサロンと室内を分けている突っかけバーがあるところです。かねてから腰痛があるので、そのせいもあるし、夜だったので足元があまりよく見えなかったのもあるんだけど、けっこうな音を立てて転んでしまったのです。

で、まず一報、またバーを壊して何をやっているんだとパパ。ミミズが飛んできて、ママ、ダイジョウブ?と泣きそうな顔。実際にはそんなに痛くはなかったんだけど、ミミズが必死にアタシを看病しているのに、パパがなお、バーが壊れたことに文句を言い続けていたので、ミミズがボコっとパパをぶって「何ていじわるなの!」と怒ったのです。なぜ頭だったのか、というと、そこに頭があったからで、頭がなかったら腕とかおしりとかをぶっていたんだと思います。でも、ボコっとすごい音がしたと同時に、父をぶつなんてアタシにはできなかったから、驚きと感心で呆然としてしまいました。

でも、ぶつのはよくないから、たとえ何かひどいことを言われても手を挙げるのはよくないという話をしました。もしも、だれかにぶたれたらどんなふうに感じるか、やっぱりよくないという話を建設的にしました。でも、ママのことをどうでもいいみたいに扱ったパパが許せなかったと。ありがとう、でも、ぶつのはよくないよねと。

と、こんなできごとがあったことから、アタシはふと、もしも突然、事故とか何か予期せぬことが起こったりして、アタシがこの世からいなくなったら、ミミズはだれかと日本語でこういう話を建設的にすることができなくなるのではないかと、急に不安になったのです。だから、アタシはいざというときのためにミミズに何か残そうと決意したのであります。

ミミズの子育ての記録は、さまざまなブログで書いてきているんだけど、もっと物語のようなひとつの作品、道徳的な話をするのではなくて、何か考えるきっかけになるような読み物を作ってみようという気持ちに至ったのです。





フランス最後の冬休み(かも)は曇り空とシトシト雨

先週からフランスの冬休みがはじまり、あと数日で終わろうとしている今日このごろです。ずっと悪天候で、どんよりとした曇り空、時折、うっすらと雨が降り、雨はやんでも何だか湿っぽい日々でした。この冬休み、山の方に出かける人が多いみたいで、何だかうらやましくもありますが、アタシたちはトイレのコントロールができない元気なフレンチブルドッグのすみちゃんと楽しいひとときを過ごしています。

今回のバカンスでは、1週目は午前中、パパと過ごす時間が多く、ミミズは毎日バトルっていました。口うるさいパパに反抗的で、信じられない言葉遣いで話します。今どきの子どもは…なんていう言葉では収まり切れないほどのXXL態度には驚きます。ミミズ、すごい。「自分だって止めたはずのタバコを吸ったりしているでしょ?」とか、一人前の意見を言い、こんなにも自己主張し、自分の気持ちに忠実でいられるなんて、ある意味、うらやましいです。

とはいえ、いま現在の課題は、おかたづけ。出したものを片づけるのにすごい時間がかかります。それから、言葉遣いかな。日本語ではそうでもないんだけど、フランス語でお父さんに対する言葉遣いがひどすぎます。ま、学校ではそういう態度ではないみたいだから、一種のガス抜きだと思うけれど。

毎日の勉強も、イヤイヤながらなんとかやっています。目下の課題は漢字かな。算数は問題なし。かけ算はほぼ完ぺきだし、学校の授業は簡単な様子ですが、家庭でやっている日本語の漢字や文章の書き方がめちゃくちゃかな。それでもまぁ、何とかやっているので、いま、日本に行ってもたぶんダイジョウブだと思います。よかった。

一方で、アタシの課題は、日本に行ってからのフランス語教育で、まず、アタシ自身、しっかりとフランス語を勉強して、公的な試験を受けようと考えています。たぶんダイジョウブだと思うDELFのB2を帰国前に受けてみようかと。その後は Ma classe à la maisonなど、サイトで勉強できる教材を使って行こうと考えています。しばらくは、日本とフランスを行き来することになるかもしれないけれど、いまのところは日本に腰を置く予定。